2012/04/05

バンド・デシネの話。

 最近バンド・デシネに興味があります。バンド・デシネとはつまり「ヨーロッパの漫画」のことです。
 エンキ・ビラル(『ニコポル三部作』や『モンスター』)が昔から大好きだったんですが、ここ数年は良作の翻訳が相次ぎ、一部でちょっとしたブームと言える状況が続いています。
 文化とは不思議なもので、距離と時間を隔てると同じ方法論を使ってもまったく別種の作品が仕上がります。日本の漫画、アメリカン・コミック、そしてバンド・デシネ。それぞれ味わいが異なります。
 僕は日本人なので、とりあえず「日本の漫画」を軸としましょう(歴史的な起源論とかはさておき)。あくまでこれは僕の個人的な感覚の話ですが、日本の漫画に比べると、アメコミは誕生時からすでに「映画的」で、バンド・デシネは「文学的」です。アメコミが映画的なのは、制作に関わっている人数が他より多いからだと思われます。
 僕が最近読んだバンド・デシネには共通点があって、どれも「心地よい不親切さ」を与えてくれます。「細かく説明しないけど、ここは読者であるあなたが知性や想像力を使って読み取ってくださいね」というスタイル。あえて文学的という言葉を使ったのは、バンド・デシネは「文章量がとても多い」か、「文章やセリフがほとんどない」か、どちらかのスタイルをとっているからです。ここ最近、特に印象的だったバンド・デシネを何冊か紹介します。

マルク=アントワーヌ・マチュー作『3秒』。そのタイトル通り、3秒の間に起きたことだけを延々と描写してある一つのサスペンスを描く。物語を進めるのは何らかの「反射」。本の中に、デジタル版を鑑賞するためのパスワード付き。本当にもうびっくりするほど奇妙な読後感の一冊です。デジタル版も、これからの漫画の新しい可能性を感じさせてくれます。
 村上春樹の小説の中で、「永遠というのは時間を『延長』していった末に生まれるものではなく、逆に時間を無限に『分割』していくことによって実現するのではないか」という話があるのですが、この本はまさにそんな感じ。


マルジャン・サトラビの『鶏のプラム煮』。希望を失い自殺を決意した音楽家の、最後の八日間を優しく哀しく描く。こんな本ばかり読んでたら僕の頭はどうにかなっちゃうんじゃないかと不安になりました。小説に関する有名な言葉で、「おおよそ物語というものは、『穴に落ちて死ぬ話』か『穴から這い上がる話』に大別できる」というものがありますが、僕はどうも最近「穴に落ちて死ぬ話」が好みに合うようです。小説でいうとウラジーミル・ナボコフ、最近読んだ本だとジュノ・ディアスの『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』などですね。
『鶏のプラム似』の物語はここで説明する必要が一切ないほどシンプルです。一人の男の半生と死。内容に余計なものがないから、男の悲哀がストレートに胸まで伝わってくる。途中で死神が登場するのですが(表紙のやつですね)、それがなんともトボけた愛嬌のあるキャラクターで、ちょっと水木しげるが描く妖怪を思い出しました。


ミシェル・オンフレ、マクシミリアン・ル・ロワの『ニーチェ 自由を求めた生涯』
 憂鬱な画風なのでニーチェの苦悩が倍増。「物凄く頭のいい人が、苦労の末に狂気に踏み込んじゃう」物語に飢えている人におすすめ。僕がこの本で特に好きな場面は、ニーチェが自分の原稿を出版社に持ち込んだときの会話です。ちょっとだけセリフを引用します。
編集者「残念ですが、あなたの書き物は誰も読みませんよ。売上げもひどいものだ。最近の著作はご自身で編集されたんですね」
ニーチェ「そうです」
編集者「書名は?」
ニーチェ「『ツァラトゥストラはこう言った』」
編集者「で、何冊売れましたか」
ニーチェ「一冊も売ってません。友人にあげたんです」

(中略)
ニーチェ「私は43歳です。15冊の本を書きました」
編集者「でも誰も読んでない! 分かってください。あなたは哲学に向いてないんですよ」



ニコラ・ド・クレシー『天空のビバンドム』
 事故で身体を失い生首だけとなった教授が、「その物語」を語りだす。
 物語の中心となるのは、奇妙な生い立ちのアザラシ、ディエゴ。彼が大都市「ニューヨーク=シュル=ロワール」にやってくると、権力者や教育者たちに歓迎される。人間たちはディエゴに「知」を授けるという。その目的は、ディエゴに「愛のノーベル賞」を獲得させて、市長の権力をさらに拡大することだった。
 ディエゴへの教育が進む中、生首になった教授と愛を憎む悪魔が「物語をつむぐ」権利を奪い合う。鳥たちはより感動的な物語を欲する。そして犬たちはこれまで秘匿されてきた人間の歴史を語る。登場する誰もが「何かを語りたがる」中、主人公のディエゴだけは「何も語らない」。カフカの短篇集のように不条理な場面が連続し、読み返すたびに新しい発見がある。緻密な作画もあいまって、今回紹介した中では一番気に入っているのはこの本だったりします。
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